「夜と霧」のあらすじ・ネタバレ・ラスト

ドキュメンタリー映画

「夜と霧」のあらすじ

「夜と霧」は1955年に公開された映画で、第二次世界大戦の中で行われたユダヤ人のホロコーストの舞台となったユダヤ人強制収容所で起こった真実に迫っていく、ドキュメンタリー映画です。

監督を務めたアラン・レネは、この作品を通して世界中に知られるようになりました。

日本で初公開されたときは、残酷なシーンが一部カットされて上映されました。

1956にはジャン・ヴィゴ賞、フランス・シネマ大賞を受賞しています。

主な出演者

監督:アラン・レネ 原作:ジャン・ケイヨール ナレーション:ミシェル・ブーケ

収容所が建設され、死者や体調を崩す人が出る

ポーランドにあるアウシュヴィッツ収容所内外や周囲の現在の様子が、カラー映像とホロコーストが行われていた当時のモノクロ写真を対比して、映画は進行していきます。

元々アウシュヴィッツ、ベルゼン、ダッハウは普通の村がある場所でした。

収容所自体は賄賂が絡み、業者らがこぞって建設に飛びつきました。

 

次から次へと建設が進められていく中で、ユダヤ人たちは収容所ができるとは思ってもいませんでした。

ユダヤ人は列車で各地の収容所に連れていかれ、その時点から飲み物も食べ物もろくに与えてもらえませんでした。

飲食も満足にできなかったことから、餓死による死亡者が出たり、寒さと空気の悪さによって体調を崩す人もいました。

ユダヤ人は暇つぶしによって銃殺されることもあった

収容所に運ばれてきたユダヤ人は、服によって夜と霧に分類されました。

ベッドは3人で1台、しかも十分な毛布やシャワーも浴びさせてもらえなかったため、頭がかゆくて眠れない日々を送っていました。

点呼の返事は毎日変わっていき、収容者がどんどん連れられてくると同時に亡くなったり、殺されたものもいました。

 

トイレも質素で、収容者の間で血尿が出るのは死の兆候だと言われていたのですが、段々とそれが当たり前のようになります。

同じ敷地内には、動物園やハインリヒ・ヒムラー温室、孤児院やドイツ兵のケガ人専用棟など、普通の施設も隣接されていましたが、これらの施設はドイツ人用でした。

収容されたユダヤ人は絶えず監視され、彼らの暇つぶしによって銃殺されることもありました。

飢えにより包帯を食べる者もいた

どんな些細なことでも懲罰の口実となり、不当な殴打も多々ありました。

目立ったことをすれば、絞首台や高い塀で隠れた射殺場行きとなることもあります。

収容されたユダヤ人は自分が生きた証を残そうと、過酷な環境の中で工芸品を作ったり、メモを残したりしました。

収容所には一応医務室もあったのですが、そこでは死の注射をされるだけで、どの患者にも同じ塗り薬を塗り包帯を巻くだけです。

 

飢えた人の中には、その包帯を食べる者もいました。

収容所にある医務室では、無意味に切開や手足の切断実験などが行われており、医務室という名の実験室と化していました。

収容者の身分証は全て取り上げられ、保管されていました。

そこには22ヶ国の何万人もの名簿が存在し、死者には赤い線を引いてリストから外していきます。

しかし、人数はいつも計算が合わず、ずさんな管理となっていました。

シャワー室で大勢の収容者を毒ガスで一気に殺すこともあった

収容所には毒ガス室もあり、見せかけだけのシャワー室でシャワーを浴びせると言って、ユダヤ人は一気に殺されました。

ユダヤ人の中にはもがき苦しんだ者も大勢いて、壁を爪でひっかいた爪痕が今でも残されています。

収容所ができたばかりの頃は死者が出た際に火葬をしていなかったのですが、死者が増えたことによって追いつかなくなり、焼却炉が造られました。

 

しかし、それも終戦間際では石炭が底をつき、死体の山ができていたのです。

ユダヤ人の中には生き延びた者もいたのですが、彼らは収容所で負ったケガや心のダメージにより、働くことができない者もいました。

彼らは今でも本当の意味で、解放されずにいるのです。

戦後裁判にかけられた関係者らは、皆が命令に従っただけで自分には責任はないと言い放ちました。

 

「戦争は終わっていない。いつか収容所の跡は廃墟となり、ナチスは過去となる」、「しかし、まだ900万の霊はさまよっているのだ。私たちの中の誰かが戦争を警戒し、知らせることができるのか、怒りうる次の戦争を防げるのだろうか。我々は遠ざかる映像の前でもう希望が回復したふりをする。ある国の、ある時期における特別な話と言い聞かせ、消えぬ悲鳴に耳を貸さぬ我々がいるのだ」と伝えます。

映画ライタータイリュウの一言

ユダヤ人というだけで収容所に収容され、大勢の人が亡くなったという話はテレビなどで知っていました。

しかし、当時のモノクロ写真などが映像として流れると、こんなにも酷いことが行われていたのかと悲しい気持ちになりました。

人間同士が殺し合い、人を人とも思わない人間がいるとするならば、それは悪魔でしかないと思います。

戦争によって多くのユダヤ人が犠牲となりましたが、今でも世界で戦争によって亡くなる命もあり、人と人が仲良く共存し合える日が来るのか心配です。

日本は各国と離れていますが、他人事ではないように感じます。

コメント